「牛乳は骨を溶かす」
この言葉を聞いてどう思いましたか?
カルシウムが多分に含まれる牛乳は、骨を構成する上で有利になる食材だと考えている方も少なくないでしょう。
しかし、ここでお伝えしたいのは「世の中に出回る情報のすべては“切り取り”である」という冷徹な事実です。
- 自身が信じてやってきたことが全然違った
- 人にアドバイスしたことが点で的外れだった
- 「あの人っていつも極論しか言わないよね」と周囲に思われる
なんてことが起こらないようにするには、「豊富な知識」と「別角度からの視点」を持つことが非常に重要です。

今回の話は、物事を俯瞰的に見る上での重要な例になりますので、「頭の柔軟体操」と捉えてご高覧ください。
【極論】牛乳は骨を溶かす

「カルシウムを多く含む牛乳が骨を溶かすなんて、馬鹿な話だ」と思われるかもしれません。
しかし実際にこの説は、一部の栄養学研究者や健康啓発者によって、ロジカルに主張されています。

実際に「牛乳消費量が多い北欧で骨折率が高い」というデータも発表されていました。
牛乳が骨を溶かすロジックは体内のpH調整
「牛乳が骨を溶かす」と提唱されているロジックは以下です。
- 酸性物質の生成
- 血液のpHが酸性に傾く
- pH調整を行うべく骨からカルシウムが溶出
- そのまま尿として体外へ排出

まず前提として人間の血液は、常に厳密な弱アルカリ性に保たれていなければ生命維持ができません。
しかし牛乳を飲むと、牛乳に含まれる動物性タンパク質(カゼイン)が体内で消化・代謝されると、酸性物質(リン酸や硫酸など)が生成され、酸性に傾きます。
体は緊急でアルカリ性の物質を探す訳ですが、最も利用しやすいアルカリ源こそ、骨に蓄えられているカルシウム(炭酸カルシウム)です。
溶けだしたカルシウムは、そのまま尿として排出されるため体内で再分解されることもありません。

つまり、摂取したカルシウムよりも、「溶け出して失われるカルシウム」のほうが多いのではないか?という、恐ろしい結論が導き出されるわけです。
情報の「切り取り」を見抜く”俯瞰的思考”

このロジックだけを聞くと、「牛乳は危険だ!」と結論づけてしまいそうになるでしょう。
しかし、これが「情報の切り取り」の怖さです。
世の中のほとんどの情報は、特定の結論に誘導するために、都合の良いロジックやデータだけを抜粋しています。

正しい判断をするためには、このロジックを「俯瞰的」に見ることが不可欠と言えるでしょう。
科学的な全体像(見落とされている要素)を見ること
少し天邪鬼ですが、逆説についても触れていきます。
以下は「牛乳が大丈夫」と提唱されている概要の一例です。
- 牛乳のメリットの無視
- 牛乳は吸収率の高いカルシウムだけでなく、骨の形成に必要な良質なタンパク質やビタミンDを総合的に摂取できる優れた食品であるという側面を完全に無視しているという説。
- pH調整能力の無視
- 骨からのカルシウム溶出は、腎臓の調整が間に合わない状態での非常手段であり、日常の食事による軽微な酸性負荷が血液のpHを危険なレベルまで下げ、骨を溶かす主要因となるという科学的根拠は乏しいという説。(健康であれば腎臓が酸性負荷を効率よく処理できる。)
- 複合的な要因の見落とし
- 「牛乳消費量が多い北欧で骨折率が高い」というデータも、日照時間が短くビタミンDが不足しやすいこと、運動習慣、遺伝的要因など、骨の健康に関わる複合的な要因が山ほどあり、単に牛乳のせいだと片付けられない。
このように、世の中で主張されている「正しい情報」や「危険な情報」の多くは、単なる一つの側面しか映していません。
俯瞰的に見れば自分なりの答えを出しやすくなる

上述したように別の角度から見れば、考え方も変わります。

たとえば、わたしのケースであれば牛乳はそう多く摂取しません。
理由としては以下です。
- 牛乳に含まれる「カゼイン」が日本人の身体に合わず、腸障害を起こしやすいこと
- カルシウムやタンパク質を別のモノから摂取できる選択肢があること

カルシウムのことを考えるのであれば、魚や大豆製品、ナッツ類を食べればいいか!という結論に至りました。
「食味として牛乳が好き」というわけでもなかったため、特に苦労もしていません。
このように多くの情報を持っていれば、自分なりの答えを出せますし、モアベターな選択がしやすくなります。
【まとめ】俯瞰的思考を身に付けるには「幅広く」学ぶこと

本当に正しい判断をしたいのであれば、他人の用意した「切り取り」情報に流されるのではなく、自ら多角的な視点を持って学ぶことが重要です。
世の中には「専門性を高めろ!」「ビジネスをやるなら一点集中だ!」なんて声があり、わたしも限られた時間で結果を出すのであれば、それが最良の方法だと考えていました。
しかし、ひとつの側面でしか物事を捉えられない人間が「本当に信用されるのだろうか?」と考えると疑問が残ります。

現に「牛乳はカルシウム~」と言いながらがぶ飲みする先輩を見て、大変失礼ながら「稚拙な印象」を受けたことを覚えています。
多角的な視点を持っているからこそ、「こういう見方をすればこうだよね」「そういうことが起こるならこうした方がいいかもね」といった答えを導き出せる力が付くのでしょう。

わたしが魅力的に感じるのは、多方面から物事を見れる人間であり、そういった方こそ信用を得られるのだと考えます。
もちろん、すでに高いスキルやノウハウをお持ちの方が、専門性を高めるべく更にその専門分野を昇華させようとしていることは否定しません。
- 専門性を伸ばす
- 俯瞰的に周辺知識も取り入れる
という行為は相反する行為であり、バランスの取り方が非常に難しいモノです。
そのバランスの取り方やインプットとアウトプットの質こそが「生きるセンス」であり、人生の醍醐味と言えるのではないでしょうか。

人に「提言」や「アドバイス」「説明」をするときに、「果たして自分は俯瞰的に捉えられているのだろうか?」と常に考えておきたいものですね。
高い専門性と俯瞰力が身に付けば無敵ですし、「信用」や「良い決断」はそこから生まれます。
38歳(2025年12月現在)の若輩者が「壮大なテーマ」と「ゴリゴリの人生観」を語ることになった”奇妙な記事”をご高覧いただきありがとうございましたw
